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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)1847号 判決

原告 橋本春海

原告 高妻義久

右両名訴訟代理人弁護士 鹿野琢見

被告 今井アグ

右訴訟代理人弁護士 三輪長生

同 奥村達也

主文

1、別紙物件目録表示の土地が原告高妻義久の所有であることを確認する。

2、被告は、原告高妻義久に対して、第一項記載の土地につき、東京法務局世田谷出張所昭和三十二年二月二十一日受付第三五八二号をもつてなされた売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3、原告橋本春海の各請求を棄却する。

4、訴訟費用は、原告橋本春海と被告との間の分は原告橋本春海の負担とし、原告高妻義久と被告との間の分は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件家屋がもと原告橋本春海の所有であり、本件土地がもと原告高妻義久の所有であつたこと、右土地家屋について主文第二項及び請求の趣旨(二)記載のような所有権移転登記がなされていることは当事者間に争がない。

二、証人高橋秋太、同小梶公敬、同出山作治の各証言、原告橋本春海、同高妻義久の各本人尋問の結果(但しいずれも後記措信しない部分を除く。)を綜合すると、昭和三十二年一月中、訴外出山喜章こと出山作治は全国観光に対し、製菓原料である外米五屯を代金二十七万二千円で売り渡し、全国観光の代表取締役高橋秋太は、右代金債務の担保のため、味の会会長高橋秋太の名義で同額の約束手形を振出交付していたが、同月十八日、出山が全国観光の事務所において高橋に対し右売掛代金を請求したところ、高橋は、福島県から菓子類を積載した貨車が近々入ることになつており、その品物を販売すれば支払いが可能であるが、品物の受取に金二十万円位を要するので融通して貰いたい旨を依頼したこと、これに対して出山は不動産を担保に供することを要求したので、高橋は、全国観光の専務取締役をしていた(但し実質的には使用人の仕事をしていた。)原告橋本に相談をした結果、右三名の間で、出山は全国観光に対して金二十万円を融資し、更に原告橋本が本件土地家屋に抵当権を設定して訴外八千代信用金庫から借り受けた金員の未弁済分及び利息合計金十八万五千円を原告橋本のために弁済し、全国観光が出山に対して同額の補償債務を負うこととし、これに対して原告橋本は、右全国観光の借受金、補償金及び前記売掛金各債務合計金六十五万七千円の債務の担保の趣旨で本件家屋の権利証を出山に預け、若し全国観光が二、三日中に右債務を弁済することができない場合には、本件家屋につき所有権移転登記を出山のためにしても差支ない旨を約したこと、翌十九日、出山が八千代信用金庫に対する原告橋本の前記借用金銭額を同原告のために弁済した(この点については当事者間に争がない。)結果、八千代信用金庫は本件土地家屋の権利証を原告橋本に返還したので、同原告は、本件家屋の権利証を出山に交付し、更に求められるまま白紙委任状及び印鑑証明を同人に交付したが、出山が同様の担保の趣旨で本件土地の権利証及び原告高妻の白紙委任状及び印鑑証明の交付をも強く要求し、若しこれを交付しなければ融資はしない旨述べたので、原告橋本は、止むなく原告高妻の承諾を得ることなく無断で右権利証を出山に交付したほか、不在中の同原告の居室に入り印鑑を持ち出し、同原告名義の白紙委任状を偽造し、印鑑証明手続をしてこれらの書類を出山に交付したこと、出山は同日から同月二十一日までの間に現金又は小切手で全国観光に対して合計金一九万五千円を貸与したこと、同月二十日、出山は、東京法務局世田谷出張所に原告橋本より受領した右権利証等の書類を提出して被告名義に売買に因る所有権移転登記を申請し、翌二十一日、右登記手続を完了したことを認めることができる。前掲各証人の証言、原告橋本春海本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は直ちに措信することができないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

この認定事実によれば原告橋本は、全国観光が訴外出山に対し負う債務の合計金六十五万二千円を担保するため本件家屋および土地を提供したものであること明かであるけれどもその担保の趣旨は必ずしも明かでない。市中の金融機関に対する借入債務や商人間の取引代金債務の担保の場合には、特別の事情がなければそれは抵当権の設定であるとみるのが適当なことが多いが、巷間にいわゆる貸金業者とか個人からの借入債務については、近頃、譲渡担保、停止条件附代物弁済または代物弁済の一方の予約である場合が多い。いまの場合、勿論取引代金債務も含まれているけれども、八千代信用金庫に対する立替および新なる借入の関係では訴外出山は、街の貸金業者の臭味が濃く、後者の立場でことを考えた方が適切なようである。そして譲渡担保と代物弁済ということになれば、少しでも債務者や担保提供者に有利と考えられる前者とみるのが相当であるから、本件では債権担保の目的を以て所有権譲渡が行われたものとみとめるのが相当である。しかして、原告橋本に対する関係ではその担保提供は、同原告が自らしたものであるから、所有権譲渡の成立においてなんらの瑕疵があるとはいえない。

三、しかし、原告高妻に対する関係では、前項に認定したとおり、原告高妻は自ら全国観光のために本本土地を担保に供したものではなく、また事実その衝にあたつた原告橋本に原告高妻を代理する権限があつたことについてなんらの主張立証がないから、その譲渡行為は無効と解する外なく、いずれにしても本件土地はなお原告高妻の所有に属し、主文第二項の所有権移転登記は実体上の権利関係に符合しない違法なもので、被告はこれを抹消すべき義務があるものといわなければならない。

四、しかして同じく第二項において認定したとおり、原告橋本は全国観光の出山に対する債務の担保のために本件家屋を提供したにもかかわらず、出山は自己名義ではなく被告名義に本件家屋の所有権移転登記手続をしているので、右登記は実体的権利に伴わない違法なものでないかという疑があるが、しかしながら、原告橋本が本件家屋を担保として提供するに際し出山に交付した白紙委任状に本件建物譲渡の相手方を出山に限定した趣旨の記載があつたことをみとめるに足る証拠がないから、たとえそれが出山の要求に基くものであつたとしても、特に出山のみを登記簿上の所有名義人とする趣旨であつたという程に限定的に解するの要はなく、債権者である出山の選定する第三者であつて、少くとも出山の指図によらなければ登記簿上の名義を動かさないと考えられるような者としてもよいことが当事者間で暗黙のうちに了解されていたものと解すべきところ、証人出山作治の証言によると、被告は出山の内妻であつて同人と共同して商売を営んでいることが認められるので原告は、出山が本件家屋の所有権を被告に取得せしめ、かつ被告名義に所有権移転登記手続をすることを、暗黙のうちに諒承していたものと解すべく、原告橋本は、被告に対して訴外出山に対し被担保債務を完済したうえでなければ、右移転登記の抹消を請求することができないものと解するのが相当である。

五、なお同じく第二項に認定したところによると、原告橋本と出山との間には、全国観光が金二十万円の借受後二、三日中に右借受金その他を支払わない場合に始めて本件家屋の所有権移転登記をしても差支えない旨の約束があつたにもかかわらず、出山は、融資を約した金二十万円全額の交付も未了であり、又弁済期日の到来前である二月二十日には早や移転登記手続の申請をし、翌二十一日に右手続を完了しているのであるから、少くとも同二十四日頃までは右登記は実体関係にそぐわない無効のものであつたということができるのであるが、全国観光が同日頃までに出山に対する債務の弁済をなしその提供をしたという主張立証がない以上、右登記は弁済期日を徒過後に登記手続がなされた場合と同様有効となつたものと解すべきである。

六、以上のとおりであるから、原告高妻の各請求はいずれも理由があるから、これを認容すべく、原告橋本の各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主張のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅正雄 裁判官 桝田文郎 田倉整)

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